べるがなる、はるがくる
らふらんす行き各駅停車はうすみどりの光を放っている。ぼやけた視界に数多の影が乗り降り凝り振り返りを繰り返すのを眠るような心地でわたしは見ていた。ひとさしゆびがさかむけている。さかむけはむけきらないから嫌いだ。絆創膏を探り当ててPコートのぽけっとを探るあいだにもごわごわとしたネイビーの裏地に引っ掛かって哀しいを助長するから嫌いだ。やわらかいほうへと織り込むように握りしめたてのひらで、庇うようにして、発車を待った。夜がふあんげに揺らいでいる。走りださないことがふあんなのだ。辿りつかないことがふあんなのだ。ふあんだらけを天井からぶらさげた箱は一本道を下って、やがて甘い街灯りをその車窓に映すのだろう。瑞々しい香りが噎せ返るほど肺を焼いた。わたしは見知らぬ街よりも、やさしい磯の匂いに包まれたかった。鳩のように首をすぼめて毛玉だらけのマフラーの隙間で夢を見る。緻密にかさなったそれらの繊維が、絡まって鋼になるほどの長い時間を、わたしはとっくに生きてしまった。