ハニカムシティ

短歌と短文、妄想旅行記
短歌と短文、妄想旅行記
日曜は魔女と教授でじごくゆき

日曜は魔女と教授でじごくゆき

じごくゆきエスカレーターさかさまに駈けたら昏い線路が見える

左手が多機能トイレ、そのさらに左が花子のいまの恋人

どこにでもつながるはずの渋谷駅でどこでもドアがまだ開かない

はりもぐらに分断されゆく東京の西のはずれに魔女は住んでる

滝壷に落ちる 推理もしなくなる 途中で段差が二度変わります

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「東京のエスカレーターってちょっと、こわい」
 ささやくように彼女が云うので、スマートフォンから顔をあげる。黒鍵ふたつぶん、高いところで背筋を伸ばす、その項のあたりでまるく切り揃えられた黒い髪が視界に入った。ボブを、こう、まあるく保つのにはね、早起きしなきゃいけないの。たいへんなんだよ。いつだったか切実な目で、そう言っていたことを思い出す。彼女の髪型が、ぼくはとてもかわいいと思う。でもどんなふうに緻密にアレンジしてもそういうぼくのことを、彼女はつまらないと思っている、かもしれない。
「怖い?」「長いでしょう、すごく」「まあ、長いね。地下、深いから」「もし、エスカレーターの途中で、むこうがわに地獄があることに気がついても、もどれないよ。あたふたしているうちに勝手に地獄に着いちゃうよ」「地獄かあ」「くだりならともかく、のぼった先に、地獄があったら、わたし地獄より下の、どれだけひどいところにいたんだって、いやになるよね」「あ、それは、いいね。寓話っぽい」
 明るい声を出すと彼女はすこしこちらを顧みてぼくを睨みつけた。黒鍵ふたつ、を隔てると小柄な彼女もぼくより背が高くなってしまう。高みから見下される黒目がちの瞳は鋭い。
「きみは、似合うとおもうよ。地獄。負けなさそう、鬼とかに」睨まれついでに口にするとくるりと彼女はこちらに向き直った。「だれが鬼よ」あ、曲解だ。参ったなと思っていると改札階が見えた。彼女がぼくをこらしめるならきっといちばん上からぼくを落とすだろう。極端なひとなのだ。北極点に届くまで、すこしの余命を以てぼくは言葉を尽くさなければならない。まあるく整えられた、彼女の髪がまた見たい。