ハニカムシティ

短歌と短文、妄想旅行記
短歌と短文、妄想旅行記
花に嵐は蒼く降る

花に嵐は蒼く降る

とめどない「いえないこと」はブルーレット置くだけで渦をまく真夜中

 トイレは嘔吐する場所でもある。いいたいこととか、いえないこととか、かなわないこととか。ぜんぶ流れて、綺麗になって、明日またうまく笑えるように、ねえ、地球の向こう側では、はんたいまわりに渦をまくって、ほんとかな?



クトゥグァなんてクリームシチューに浮かんでるバターのたまよりちいさいですよ

 天の川って乳が流れたあと、らしいですよ。先生が言ってました、銀河鉄道の夜の。だから地球もフォーマルハウトも、わたしにかかればひとくちですよ、ひとくち。



「天国に行こうか、」丸ノ内線の吊り輪に透かして君は笑った

 すぐに着くから、池袋。立ったままでも、いいよ。すこし低い左隣に規則ただしい旋毛が見える。引換券、ちゃんと持ったし、お財布もあるよ。ねえ、さいしょは、どこの国に行こうか。天国に行こうか。



さびついた銅貨とおなじ色をして甘いだけでは馬車にも乗れない

 チョコレイト、こんなに甘くておいしいのに、あのひとは東京を去ってしまって、こんなに甘くておいしいこと、風の便りなどでは届かないのでしょう。こんなに甘くておいしいのにな。こんなにあなたがいて、幸福だったのに。



燃え尽きたらそめいよしのの根のあたりで眠らず待ってて 魔法を見せて

 未明、透明な嵐に揺さぶられて、桜の樹は沈黙している。むせかえるような、湿った土の匂いがする。春の夜の匂いがする。爪を汚して、灰にまみれて、まだ出ない。あなたの死体がまだ出ない。



火星より空気穴より近づいて小指の影も融ける銀幕

 スクリーンからこのソファまで、手を伸ばせばふれあうほどに近いのに、銀幕スターと僕らの間には宇宙規模の隔たりがあるよ、だってほんとの名前も知らないし、好きな花の色も知らない。君は、君の好きな花の色も、そういえば僕は知らないね。だからこんなに遠いんだ、こんなに近くにいるのにね。「お前、映画はもっと離れて見ろよ」



神様に成ってもどうせ早起きはできやしないよ家賃払えよ

 ある朝半透明になって宙に浮いていたとして、それさあ、どっちかって言うと幽霊じゃない?、同じようなものだろ、それでも、どうせ俺は昼まで毛布に包まっているしお前もそうだ、悪癖は直らないし、染みついた死臭もそう簡単には消えない、お風呂入ってるのにねえ、だから、だから神様に、ならないでよ。



耳朶にニオイスミレを飾られて迦陵頻伽の話をしよう

 あなたが永い人生を終えるとき、わたしはその棺の中にニオイスミレを敷き詰めましょう。あなたの愛した小鳥と同じ、甘く香るうすむらさき色を、お花畑みたいに。そうしてあの子が迦陵頻伽になるのなら、きっと、淋しくないよ。



透明な夜に煙が染み込んでふやけた瞼に涼やかな月

 行き詰まると煙草が増える。あの夜もそうだった。冬は清冽で硝子の窓は凍るようだけど、弄ぶように指先で灰になるそれと、喉の奥だけが、熱い。



刺青を影絵のようになぞるだけ オフェリア、おとぎ話を教えて

 誰のものでもない影にオフェリアは、生きる意味と、おとぎ話を教えてくれたのです。ねえ、それって、ほんとうに、優しさだったのかな。それとも淋しさだったのかな。人さし指に感じるのは消え入りそうな微熱だけで、あなたの痛みはいつになってもよくわからない。



寄り縋れど花に嵐は降りそそぐ忘れられないことは呪いだ

 けれどそれは祈りでもある。そうやって生きてきた。灰色の空は渦をまいて、雨は視界を滲ませるけれど。蒼い花のあざやかさを忘れないように、わらい声のやわらかさを忘れないように、もう一度だけ、名前を呼んでくれないか。



***



CoCのじぶんの探索者をイメージして書いたやつだよ
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サンタ・クルスをたずねて 短文 31
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